リンガーハットグループ
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リンガーハットの想いMIND

会長の想い

「安さ」だけではなく、「安心感」と「おいしさ」を求めて

代表取締役会長兼CEO  米濵 和英

兄から叩き込まれたお客さま本位の姿勢

1961年、私がまだ高校3年生の時、商売人だった父が他界し、兄が既に事業を起こしていた長崎に家族で移り住むことになりました。1962年、兄はとんかつ店「浜かつ」を創業し、私もその事業を手伝い、皿洗いや食材の買い出しに汗を流したものです。12歳上の兄は父親代わり。また唯一の上司として仕事の基礎を教わりました。お客さま本位の姿勢を徹底的に叩き込まれたことを今でも覚えています。

とんかつ店は非常に繁盛しましたが、1970年頃からアメリカのファーストフードが登場し、ファミリーレストランも次々とオープンする中で、私たちも新しいオリジナル商品で勝負しようと考え始めました。そして行き着いたのが長崎の「ちゃんぽん」だったのです。1974年に1号店をオープン。高度成長期だったこともあり、出店に出店を重ね、12店目を出店する時に、名称を現在の「リンガーハット」に変更しました。

しかし1976年、今度は兄が急逝し、私が代わりに社長を務めることになりました。だが当時まだ32歳、従業員も金融機関も大いに不安だったと思います。そこで、兄が様々に広げていた事業を縮小し、「とんかつ」と「ちゃんぽん」の2つに経営資源を投入することにしたのです。幸いにも、2つの業態に賭けた決断は成功し、1979年には東京へも進出、リンガーハットは全国区となっていき、2000年には念願の東証一部上場も果たしました。

無謀と言われた国産野菜の導入に挑む

2005年には日本フードサービス協会の会長職に付きまして、経営の一線から身を引きました。しかしデフレ不況の中、厳しい価格競争にさらされ利益が急速に低下し、営業赤字に転落する恐れさえ出てきました。そこで2008年社長職に戻り、デフレ対応の値下げや割引クーポンの配布をやめ、不採算店の思い切った閉鎖も行いました。しかし撤退や中止だけでなく、もっと前向きなこと、お客さまに喜ばれ社員が生き生きと働け、会社全体が活力を取り戻す良い方法はないかと考えました。そこで思いついたのがちゃんぽんに使う野菜の国産化です。

コストや調達の面から無謀とも言われましたが、絶対に成功させるとの思いで取り組みました。そして国産野菜をアピールするため通常の約2倍もの量を使用し、容器から7cmの高さになるように野菜を盛りつけた「野菜たっぷりちゃんぽん」を発売しました。国産野菜と輸入のカット野菜では食べた時のシャキシャキ感がまるで違います。「安心して食べられる」だけでなく、実際においしいのです。そしてお客さまは、「数10円の安さ」より「国産に対する安心感」「国産のおいしさ」を選択されたのです。

遠くを見つめて大きなビジョンを描く

私は「細心大胆」という言葉を肝に銘じています。外食産業は常にお客さまの視点で考え細部に気遣いをしていなければ、すぐに客足が遠のきます。しかし一方で、ビジネスを成功させるには、小事に気を留めることなく大胆に攻めることも不可欠で、細心と大胆のバランスを保つことが重要なのです。私はこれまで、様々な危機をそうやって乗り越えてきました。

これから就職活動に向かう皆さんも、目先の出来事ばかりに一喜一憂せず、ぜひ、遠くを見つめて大きなビジョンを描いていただきたいと思います。

採用に懸ける想い

第一線で活躍していただける、
あなたという「人財」を待っています!

専門店として全国No.1のポジションをめざす当社では、
“専門店としてお客様から信頼され、社員が誇りをもって働く企業になる”
という経営ビジョンを掲げ、社員一同前進して参りました。

現在、「リンガーハット」・「濵かつ」という大きな2大ブランドを柱に、全国で700以上の店舗を展開。
海外では、タイ、アメリカ、香港、台湾、カンボジア、インドネシアに出店を成功させ、着実に事業拡大を行っています。

これからの国内外の出店数の増加、新しい店舗形態の構築に向け、若い皆さんの力が必要です。
当社では、「すべてのお客さまに楽しい食事のひとときを心と技術でつくる」という経営理念のもと、新調理システムを導入いたしました。

最新の設備を駆使し、店舗の経営者として、共に新生リンガーハットを創っていきませんか?
リンガーハットグループは第一線で活躍していただける、あなたという「人財」を待っています!